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福岡高等裁判所 昭和53年(行ス)7号 決定 1978年10月03日

抗告人

福岡県教育委員会

右代表者

田中耕介

右代理人

堤千秋

外四名

相手方

半田隆夫

相手方

山口重人

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二原審記録によれば相手方らはいずれも福岡県立伝習館高等学校教諭として社会科を担当していたものであり、抗告人から昭和四五年六月六日地方公務員法二九条一項による懲戒免職処分を受けたので福岡地方裁判所に懲戒免職処分取消しの訴えを提起し、右処分によつて生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要があることを理由として同裁判所に処分の効力停止の申立をしたところ、同裁判所は昭和五三年七月二八日右申立を認容する決定をしたことが明らかである。そこで、先づ相手方らにつき本件免職処分により生じる「回復困難な損害を避けるため緊急の必要」があるか否かについて判断する。

行訴法二五条二項にいう「回復の困難な損害」とは、当該行政処分の執行停止申立人自身につき、本案の勝訴判決が確定しても、原状回復または金銭賠償を得ることが不能であるか、たとえそれが可能であつても、社会通念上それだけでは填補されないと認められるような著しい損害をいうと解するのが相当である。

ところで、原審記録によると、相手方らはいずれも前叙懲戒免職の行政処分取消請求の訴訟において勝訴の判決を得たが、右判決に対し抗告人は、福岡高等裁判所に控訴し、右訴訟は同裁判所に現に係属していることが明らかであるから、相手方らは本件処分の効力が停止されないかぎり本案訴訟の勝訴判決が確定するまで従前の俸給を得ることができないわけである。

もとより、俸給を取得できないことは、免職処分に伴う当然の効果であり、それだけで直ちに回復困難な損害であるということはできないのであるが、相手方らが無収入になつたことから社会観念上蒙ることが予想される損害について回復困難なものがあり得ると解すべきであるからこの点について判断する。

<証拠>によると、相手方半田を世帯主とする世帯は、同人夫婦の外子供二人及び同人の母の五人暮しで、同人の妻は月額平均二五万八五三六円の収入を得ており、相手方山口を世帯主とする世帯は、同人夫婦と子供一人の三人暮しで、同人の妻は月額平均三二万四、五四三円の収入を得ており、相手方らの妻の右各平均収入は、全国平均の標準生計費をいずれも上廻るものであることが認められるから、一見、相手方らが本件処分によつて抗告人からの俸給を受けることができなくても、それぞれ妻の収入のみによつて家計を維持することができるかのようにみえる。しかし、相手方らは昭和四五年六月本件処分を受けるまでは、それぞれ抗告人から受ける俸給と、妻の収入とで生活を維持していたものであり、相手方半田隆夫が昭和四一年四月一日以降教諭として、福岡県立伝習館高校に勤務し、相手方山口重人が同三九年教諭となり同四四年四月一日以降右高校に勤務するものであるという当事者間に争いのない事実をあわせると各俸給額がさして多額でないことが一応推認されるから、右俸給を受けることができなくなれば、本案一審勝訴後も本案事件、執行停止事件を含む争訟費用と生計費とを捻出するためそれ迄の生活水準を大幅に低下させるか、借金に頼るかしなければならなくなるわけであり、相手方の臨時収入があるにしても、その生活にかなりの支障をきたすことは想察するに困難でなく、新聞等によつて世間の周知するところとなつた懲戒免職処分の性質上、相手方らが教育者としての体面と生活とを維持するに足る収入の得られる職を他に求めることは至難であり、夫の臨時的収入は長期的にはいうに足らず金借に頼るにしても、市中銀行等正規の金融機関にたよることは困難であり、勢い高利の金融業者にたよらざるを得ないことが推認され、しかも、本件の本案事件は、昭和四五年一二月提起以来一審判決まですでに七年余を経過したことが記録上明らかであり、抗告人の控訴により今後なおかなりの審理期間を要することが予想されるので、その間夫の臨時的所得の不足を妻の収入のみに頼らしめるときには、相手方らが経済的破綻にひんするおそれさえなしとし難く、仮に相手方らが一時をしのぎ得るとしても、夫の臨時的所得があてにならぬ以上、それぞれの妻が夫の争訟費用とともに一家の生活費の大部分及び自己の職業上の必要費を支出するほか相手方らが社会科担当の教育者として必要な知識を蓄積、維持してゆくための書籍購入費その他の研究費までも主として負担することは、さきに一応認定した各月収額からみて容易ではないことが窺われ、本件処分以来の争訟費用、生活費の一部が研究費の切り詰めと借り入れによつて賄われてきたとしても、それは右処分によつて生ずる回復困難な損害を避ける緊急の必要を失わせるものでないというべきである。

三さすれば、相手方らは本件懲戒免職処分によつて生活、研究等の面で回復の困難な損害を蒙るものと認めるのが相当であり、本件処分の効力を停止する緊急の必要があるというべきである。そして、原審及び本案の記録を通覧しても、本件処分の効力を停止することが公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを一応認めるだけの資料はなく、また、本件の本案につき控訴審の審理をするまでもなく理由がないと一応認めるだけの資料もない。そして相手方らの蒙るべき前記損害を避けるには本件処分の執行又は手続の続行の停止によつては、目的を達することができないというべきである。

四よつて、本件処分の効力の停止を求める相手方らの各申立は正当として認容すべきであり、これと同趣旨に出た原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(園部秀信 森永龍彦 土屋重雄)

抗告の趣旨及び理由<省略>

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